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2006.1.31(火)☆‥筋肉痛‥☆ |
朝の内はふくらはぎや腿がパンパンに張っていたが
痛みは無かったのに、
夕方からやってきました筋肉痛!
足を動かすたびに筋肉が悲鳴を上げる。
異常な痛みに大丈夫なのかと不安もつのる。
それが老体の筋肉痛なんだと気がつくのに随分時間(月日)がかかった。
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2006.1.30(月)☆‥熊野古道「観音道」‥☆ |
熊野古道バスツアー第6弾「観音道」
熊野古道シリーズの参加は三度目になる。
雲行きが怪しい、添乗員の彼は雨男とか、
バスが動き出したら雨が降り出した、
だが途中から雨は上がり、現地は雨の降った形跡も無く、
曇り空の歩きやすい気候となった。
幸か不幸か(幸です)
下山口まであと少しという所で雨が降り出した
木々の葉にぶつかる雨の音が心地よく響いてきた、
その音を聞いた時最初川の流れの音かと思ったのだけど違っていた。
何故水の音を聞くとホっとするのだろうと考えてみる
やはり水の音を聞いて育った性なのかそれとも
体内にいる頃水の中にいたからなのか・・・
二度目の猪鼻岬道で出会ったステキな彼女と又一緒になった
うれしい同行者となった、
二人とも写真を撮りながら最後尾で付いてゆく、
今回は現地のボランティアの語り部さんと一緒なので
遅れをとる事を許されない、時々点呼をとるので笑えた。
全員一緒に歩くのも大変でそんなことも影響してか今回は
今迄で一番疲れたような気がする、運動不足ともいえるのだけど、
昔スポーツクラブで一緒だった人と一緒になったが
登山のベテランさんで、70歳を過ぎてると聞いてびっくり
身も軽く若々しい。
登山についてのアドバイスをいただいたのでこの先
ますます参加するのが楽しくなった。
ステキな彼女と又一緒に行く事を約束してわかれた。
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2006.1.29(日)☆‥あぶら”くさい‥☆ |
朝7時から12時まで3個のフライヤーで揚げ物を揚げまくり
、普段の倍以上の揚げ物を処理しなくてはならない
あぶらのにおいと熱気で時々目まいを起こしながらの作業だ、
ちょっとやばいかもしれないと思いながら回りには歳を感じさせないように
平気を装い作業を続ける私なのであった。(笑)
午前中の作業は疲れた油?をろ過する作業で終わる。
それが又大変だ、180度のあぶらをろ過機に移さなくてはならない、
疲れてるところへ今度は重さがずっしりと腰にひびく。
でもね、フライヤーの中にフライ物を放り込んで色よく揚がってくると
快感なんだねこれが・・・
美味しそうに出来上がって来る事が快感なのか、
破壊的な行為が快感なのか?ダハハハ・・・
そんな事ではなくってさ、
帰りはご主人様のお迎えがあった、
車に乗るなり夫の一言「あぶらくさい!」だった
作業服は全部着替えてるのにもかかわらず油くさいと言うことは
体に染み付いてるって事か・・
作業服は洗濯のために毎日持ち帰る、その袋からにおってくるのか。
アブラくさいオババはいただけないな!
老人臭と似ているかもしれないし・・・
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2006.1.26(木)☆‥続く‥☆ |
何がって?
毎日が続くって事よ・・・オ〜ホホホホ
寒い日が続くとめちゃくちゃ気が滅入るのさ。
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2006.1.25(水)☆‥腰痛‥☆ |
数日前から腰痛に悩まされてる、年に何度かやってくる。
持病といえばそれまでだが・・
骨がずれてるのはわかってる、ちょっとした事でやってくる。
冷えが第一の原因かそれともストレッチのやりすぎか
この動きをしたらまずいと言うのはわかってるのについ調子に乗って
やってしまうのだ。
こんな時仕事先での荷降ろしが苦痛だが痛いともいえない辛さ。
この年で腰が痛いとか言えないでっしょ!
やっぱり歳だからね〜なんていわれるのはプライドが許さん。
腰痛用のコルセットを閉めて仕事に出かけた。
やっぱり今日は荷卸の当番になってしまって
腰に気を使いながら荷卸をしたさ、コルセットはやはり楽だ
少し楽になったような気がしていた。
家に帰り椅子に座って一休みして立とうとしたら腰に激痛が走った。
げっまたかよ!そのまま動けなくなってしまった。
しばらくジッとしていたら動けるようになったさ。
はたしてこの状態で30日熊野古道に無事行けるかが問題だ。
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2006.1.24(火)☆‥異質の同居人(虫)‥☆ |
昨日の事。

普段あまり使っていないリビングの隣の部屋に
冬の間ベランダから避難してきた植木鉢が沢山置いてある。
その部屋に掃除機をかけていたら突然動く物がいる
見るとバッタのようだった。なぜこの次期に?
植木鉢に潜んでいたのだろうか、でも部屋に入れてから
一ヶ月以上もたつのにその間一度も見かけなかったよ。
部屋が暖かいのでタマゴから孵ったのだろうか?
色々考えてみるが知識が無いから見当がつかない。
ネットで調べてみるが漠然とバッタでは種類がありすぎる。
似てるのが幾つかあった「カヤキリ」「クサキリ」でも今ひとつ
すっきりと来ない、さらに調べは続く・・
ネットの友達が「クビキリギス」ではないかというので検索してみると
そっくりだ
「クビキリギス」舌を噛みそうな名前だ。
このバッタは成虫のまま冬を越すらしい、
くちばしのオレンジ色もそっくりだ。
この「クビキリギス」と言うことにしておこう。
それにしても何処に行ってしまったのだろう?
行方不明になってしまった、植木鉢のあたりを探せど見つからない。
無事春まで生き延びてくれるといいけど。
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2006.1.21(土)☆‥クサイ‥☆ |
ダハハハハ、オナラではない、
口から出る息がくさいのだ
朝起きて〜ん??何かくさいなと思ったら
そうだった昨夜はキムチ鍋にしたのだった。
あ〜〜仕事があるのに休みの前の日にすべきだったのに。
気になる気になる・・・
朝一番に牛乳を飲み出かける前に何度も歯を磨き舌の上も丹念に磨き
出かけるときはガムを口に入れ・・・
職場ではなるべく人と顔を合わせぬようにし・・・
そのうち仕事をしていたらそんな事すっかり忘れていた。
多分周りの人くさいと思っていたろうな。
で、性懲りも無く、今日は残ったキムチ鍋にご飯を入れて
雑炊にして食べた、又くさい!!でも美味しかった。ダハハハ
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2006.1.18(水)☆‥ジャネーの法則‥☆ |
年々時の経つのが早いね〜と口癖のように言うようになった。
一週間、一ヶ月、一年があっという間に過ぎ去る。
テレビでその事をやっていた、世界中誰しも感じていた事なんだ。
*フランスの心理学者による「ジャネーの法則」
:《ある人の生涯の、
ある時期における一定時間の心理的長さは、その人のその時までの
生涯の長さの逆数に比例する》
ややこしい、1歳の子どもの1日=30歳の大人の30日。
60歳の人大の1年は10歳のときの6分の1にしか感じられないと言う。
そんな事考えていたら、なまくらな私はどうすりゃいいのさ〜☆
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2006.1.17(火)☆‥秘密の新年会‥☆ |
急な冷え込みに体が痛いが今夜は秘密の新年会。
今日は隠屋的な小さなお店を貸切でコース料理としゃれ込んだ
お店の名前もりゃれていた「美藺斗呂(びいどろ)」
即座には読めなかった
良く見るとちいさくルビがふってあったさ・・・
最初ビーダマとかビラトロとか言ったりして大笑いした
で、ここで変換しようとすれど“藺”の漢字が見つからない、
やっとIMEパッドで見つけた。漢字なんて嫌いだワッショイ。
コースのお料理は沢山出てきたが全部を思い出せない・・・
二種のパスタは美味しかった
明太子パスタとキムチパスタ、年長者3人は「え?明太子とキムチ?」と
口をそろえて言ってしまったがさすが薦めるように食べて納得だった
嫌な臭いはなく辛口だったがこれは又来て食べたくなる味だった。
牡蠣が出てきた時は動転してしまった
(牡蠣フライと蒸し牡蠣の二品)
さりげなく食べきれないのでと隣にあげた(笑)
実は牡蠣を食べると腹痛を起こすのだ、
好きなんだけどある時期から食べられなくなった。
悪い牡蠣を食べて中毒になったわけでもない。
確か腫瘍(卵巣脳腫)を取り除いた頃からだったような気がする
体質が変わったのだろうと勝手に思っているのだが。
われながら不思議に思う事二個までは大丈夫なんだよね
3個食べると微妙なんだ、腹痛を起こす時と大丈夫な時とがある。
一個口に入れて美味しかったりすると二個でとどまる事が難しくなる。
誘惑に負けると悲劇がやってくる。
下痢をするでもなく、ひたすら激痛の去るのを待つしかないのだ



、
秘密結社のメンバー8名の内一名風邪で欠席、で新メンバーが一名
加わった、結局今日も8名の集会ではなくて新年会となった。
新メンバーの彼女、一風風変わり、デリカホットに来て一年余りになるが
年齢不詳結婚してるのか子供がいるのかさっぱりわからなかったし、
病的な癖があったりで取っ付きにくかったのだが、
我らの努力のたまものか徐々に笑顔が見られるようになり
積極的に会話にも入るようになる、仕事も努力がわかる。
これなら我らの結社の仲間に入れてもいいのではという結論になる。
誘ったら是非参加したいとのたまう、
ワオ〜〜面白い事になったぞ、毛色の違うメンバーだ。
で、昔お酒を飲んで体中赤くなり怖くてそれ以来飲んだ事がないという。
ん?ただ酔っただけではないのかと思ったが
カンパイのビールを飲んで美味しいと言う、(笑)
皆がカクテルを頼むと彼女も飲んでみるという・・・
飲んだら美味しいとのたまう、意外と飲兵衛なのではないのか
帰りがけ笑いながら足がふらついてるのを見た、(爆笑)
我らの影響で彼女は人生感が変わるかもしれない!ウヒッ☆
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2006.1.16(月)☆‥映画‥☆ |
今日封切りの映画を見てきた、「THE 有頂天ホテル」
監督:三谷幸喜
出演:役所広司、松たか子、佐藤浩市、香取慎吾、篠原涼子、戸田恵子、
生瀬勝久、原田美枝子、唐沢寿明、津川雅彦、伊東四朗、西田敏行、


笑ってきた、まあそんな所かな・・・
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2006.1.12(木)☆‥アクシデント‥☆ |
仕事の忙しさもピークに達した頃、ガシャーン、
けたたましい音響と共に悲鳴が聞こえた。
私はフライ係で山と詰まれたフライの材料を揚げるのに必至で
何が起きたのかしばらくわからなかった。
コンベクションという機械のドアの耐熱性ガラスが崩れ落ちたのだ。
コンベクションの係りの彼女は「何もしていないのに・・・」と喪失状態。
床にはガラスの破片が散らばっているので誰も近寄れない、
怪我が無かった事は幸いだった、
だが、近くで作業をしていた出来かけの惣菜ものは全部破棄となった。
フライ物は一番離れていた場所だったので大丈夫だった。
店出し商品はすでに出来上がっていた弁当が少しと
フライだけと言う寂しい陳列になった。
毎日酷使してるコンベクション、老朽化はたしか
かねてから点検してもらうように上司に頼んでいたのだが
後の祭りになってしまった。
もしこれで怪我をしていたら重大な事になっていただろうに。
そんなこんなで全く違う作業に時間がかかり
何時もの疲れに違う疲れもプラスされ、家に帰るなり倒れるように
コタツに横になるのであった。
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2006.1.10(火)☆‥思いにふける‥☆ |
長い人生、辛い事ばかりだったと恨みつらみばかり思いながら
過ごしてきたような気がするが、
『終わりよければすべてよし』
現在をいかに過ごすかで終わりが決まる。
理屈ではわかっている、だが、生活に追われてると嫌な事ばかり思い出す。
大勢の人にお世話になり恩を受けた事をすっかり忘れている事に
気づくのであった。
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2006.1.9(月)☆‥ネットの不思議‥☆ |
こんな偶然がおきるとは、やはりインターネットは不思議な世界だ。
何となく秋田の方かなと思いながら大雪の情報に書き込みしたのがきっかけで
話をしてゆくうちにお世話になった病院の院長先生のお孫さんだと言う事がわかった
知多半島と秋田で瞬時に情報が通う、
院長先生の名前が思い出せなかったが、「大谷先生」そうでした、
温和で都会的な先生だった、もう一人お世話になった先生の名前を思い出した
望月先生、外科の先生だ。このお二人の先生のおかげで今日がある。
一日遅れていたら命が無い状態で湯沢の中央病院にかつぎ込まれたのだ。
その年は3月だと言うのに大雪で交通網が麻痺しておりいつもなら湯沢の中央病院に
行くであろうはずが大雪で峠を越えることが出来なかったのだ、
私は見知らぬ町の知らない病院に連れてゆかれる。
そのまま入院となった、それが病気を悪化させる事となる。
その病院で2ヶ月あまりも誤診治療をされる
悪化してゆくので痛みで食事も摂れない、栄養失調でやせ衰えてゆくばかり、
見かねた叔父が強引に湯沢の中央病院に連れてゆく。
叔父は湯沢で教師をしており院長先生とは知り合いだったようだ。
大腿部の化膿は骨まで達し骨髄炎の診断、
数日体力快復の治療をしてから手術となった。
命あって今ここで生きていられる、パソコンを通して世界中の人と会話が出来る
そんな会話から恩を受けた先生のルーツが・・・お孫さんだったなんて。
この感動は今ださめやらむ。
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2006.1.8(日)☆‥お年玉‥☆ |
自分の子供や親類縁者にお年玉を上げなくなって久しい。
それに最近は親族も集まらなくなり飲み食いに散財しなくてもよくなった。
貧乏だけども平和だ。
我が家にまだ子供がいない頃、夫の姉妹達の家族がやってくると
子供(ガキ)総勢12人が当然の顔をしてお年玉を催促するのである
お年玉ってそんなものかと疑問に思いながら泣く泣く手渡していた。
さて、我が家にも子供が出来た頃、親類の言う事がいい、
まだ小さいから少しでもいいわね。
といいつつ自分たちの子供は中学生高校生、半端な金額では納得しない。
何時まで経っても割りがあわない(笑)
家の子供達が中学生高校生になると親類の子供達は大人だ
その親達も気がつかない振りをするのであった(アッパレ)
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2006.1.7(土)☆‥‥☆ |
久しぶりにキレイな日の出を見る、

ただそれだ〜け〜よ〜♪
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2006.1.6(金)☆‥どうしちゃったの?‥☆ |
今朝も出かけるスタイルで起きてきた。
もういいよと言ったのに・・・一体全体どういう心境の変化なのか
理解も出来ないまま今日も車で送ってもらう事になる、
だって、どう考えてみてもそんな事を快く行う人ではないのだもの。
どこか悪いのだろうかとかこの先何か魂胆があるのだろうかとか
よからぬ想像ばかりしてしまう。
平穏無事が長く続いた事が無いのでこの穏やかな日々が怖いのだ。
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2006.1.5(木)☆‥やってくれたわね‥☆ |
遊んであげる暇が無かったので
カゴに入れっぱなしのギュウスケ今日は久しぶりにカゴから出してあげた。
喜んで家中飛び回っていたが、静かになったので探したら窓際に置いてある
オリズルランのツルをちぎって遊んでいた。
「こら!」と言ったら急いで逃げ出した、
悪い事をしてる事はわかっているようだ。しばらく物の影に隠れて出てこなかった。
遊んであげなかったので仕方ないか。


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2006.1.3(火)☆‥久しぶりの自転車で‥☆ |
早朝駐輪場はまだ暗かった、
暗証番号式の鎖の鍵は思うように番号をあわせられない。
盗難にあってからダブルロックにしたが非常に面倒なのだ、
急ぐ時も暗いときも番号がよく見えなくって苦労する。
やっとロックも解け、走り始めるとわれながらビックリ、
ふらつくのだ、どうした事か久しぶりの自転車が体にフイットしていない。
一心同体のような自転車のはずが・・・ダハハハ
何しろ暮からの疲れが取れてないさらに重なる疲れかな、
で、帰りにマーッサージに寄ってきた。
マッサージをしてくれるお姉さん、凝り過ぎてると言う、
まだ物足りなかったので、アクアマッサージもしてきた。
一度に沢山やったから良いと言うものでもないだろうが気休めだ。
でも帰りの自転車は軽かったダハハハ・・・
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2006.1.2(月)☆‥帰りは歩きだった‥☆ |
暮れの忙しい時から車で送り迎えをしてくれるようになった、
何が、どんな状況がそうさせるのか今までに無い変貌振りに
戸惑いを感じながら行為に甘えていた。
がしかし帰りに電話すれども一向に電話にでてくれない。
あ〜やっぱり三日坊主の言葉の如くもういやになったかな・・・
内心何時突然機嫌が悪くなるかとハラハラドキドキものだった。
それもありと諦めの心境で歩いて帰った。
仕事始めから残業で足が棒のようになっている所に歩いて帰るのは
辛い物があった。
帰る道すがら明日からは慎重にお断りをして自転車で出勤しようと
心に誓ったのであった。ホッホホホ
家に入ったら夫はコタツに入りテレビを見ていた。
「ただいま!」
お惚けの夫「あれ?電話した?」携帯に着信があるだろうが・・
空々しくそばにある携帯を覗いて着信があることを確認しているが
何か意味不明なことを言ってる。まっいいさ!
「明日も時間が不規則なので自転車で行くので・・・」と
丁寧にお断りをしたさ。
本当は夫も内心ほっとしてるのがわかった。
何はともあれ忙しい時の送り迎えは非常に助かったので
感謝感謝だ。
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2006.1.1(日)☆‥謹賀新年‥☆ |
新しい年2006年始まり始まり〜〜☆
などと暢気に喜んでる場合でもない、又一つ歳が増える。
大晦日遅くまで仕事をし、明日はもう仕事始めだ。
体を休める暇が無い。
おせち料理も作らず、
出来合いのものを買ってテーブルの上を飾ったのであった。
私の手料理はお雑煮だけである。
笑ってしまう元旦の朝であった。
親族が集まり20数名にもなる正月だった頃、すべて手料理、
白菜の漬物も樽に二つも漬けた、
今思うとあの頃は、けなげだったわ。
それが地獄に思えるときもあったけどね
それからしたら今は極楽じゃ。
さて午後から息子が一緒に住んでる彼女を連れて挨拶に来た。
夫は初対面なので朝から落ち着きが無い(笑)
どんな娘が来るのか心配でもあったようだが
一目見て安心したようだった。しっかりした娘さんだ。
今年は籍を入れたいのでどんなイベントをしたら良いか模索中とのこと。
結婚式は考えてないようだ。
親として何もして上げられないのだからそれもいいだろう。
私の作ったお雑煮が食べたいと言うので作ってやったさ!
息子も大人になったものよ、母心をくすぐる事をいってくれる。
幸せに楽しくやっておくれ。
唯一お休みの一日が終わった、
さあ、明日から仕事だ。